作者つぶやき(2026/5/7更新)
うちの両親は複雑な育ちで、父型に母親しかいません。愛というのは目に見えないけどやりとりされるものだと思います。
さいきん生まれ育った環境が人をいかようにも変えることが知られています。
ぼくは愛の欠乏を抱えて育ち、学校でも孤立していたのですが、その鎖の重さには、時に後ろに引っ張られる苦しみを感じます。それでも、両親ともに大きな愛の欠乏を抱えたなりに、ぼくはそのなかで最大限の愛をもらったと思っています。ときおり、両親に愛を受けて育ち、その両親にも愛を受けて育った人の生き様をみると、やはりくやしい気持ちが湧くのは事実です。
それでも、少ないなりに生きねばならない。周りの人に愛を与えてもらって生きていると感じます。
自分のなかの愛のゲージが満ちていないと、どうしても他人から奪うようなことをしてしまう。ぼくもそうだし、知り合いにもいます。給料もいわば、あなたが必要ですという愛が金銭対価に返還されているにすぎない、と言うこともできます。
愛のない人生は、かなりきびしいです。しかし、あなたがいる価値がある、とされる場所は誰しもどこかに必ずあるはずです。そこにいるときは、心からの喜びと安堵が感じられるかもしれません。足りない人でも、愛を作れるように、与えられるようにならねばならない。愛の欠乏を感じたとき、多くの人が悪い酒を飲んだり他人や自分をいじめたり、死んでしまう人もいますが、いちどその手を止めて頭を使って冷静にならねばならない。自分をいじめるのは結局無駄です。自分の生き方の間違いを探し出して、愛をとらえ直して、本当にしたいことを思い出して、愛を生成する必要がある。人生の大きなテーマである愛、自分がまんがを描くこととも関係する気がします。ふと愛の欠乏にきづいて、愛とはなんだろうと考えるさいきんです。
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