ABOUT
なかもとプロ 業務内容
・まんがや随筆の執筆、出版
・つけペン、固形水彩を用いた挿絵等イラストレーション、総合的なアートワークデザイン業務
・企画
仲本直輝/なかもとなおき
幼少期から学生時代
1996年、大阪府柏原市に生まれる。
不安がちで病気がちな一人っ子に育つ。絵を描いたり、レゴブロックで一日中遊んでいた。
小学校3年生のとき、オリジナルの簡素な絵本のような冊子を作る。そのときの担任の先生が、朝の読書の時間に読む本にその冊子を交えて置いてくれたことが、物語を描く喜びの原体験になった。
中学になると、周りの影響でジャンプを読み、「バクマン。」を見て漫画家を目指し始めるが、本当は家にあった水木しげるや高信太郎のようなまんがを好んでいた。
人とのうまいコミュニケーションができず、次第に学校は居心地が悪くなる。高校では完全に孤立し、なぜそうなるのかも分からず、いつもイライラし、病苦も相まって泣き叫ぶ日々を送る。
高校をサボり、イギー・ポップの「American Caesar」を聴きながら何時間も自転車に乗り、考えごとばかりし始める。なんとか卒業したが就きたい仕事もなく、まんが家になる以外ないと思っていた。「バイクの漫画を描くため」というバカな理由でバイクの専門学校に行く。
周りの生徒はみな免許を持ち整備を真剣に学びに来ている人ばかりだったので、当然またしても浮いてしまう。バイクの免許を取り、エアブラシの授業以外は真剣に受けず中退。
そのころYouTubeが一般に普及して、そこから知ったゆらゆら帝国や70年代フォークロックに魅了され、専門学校の帰りには、今はなきK2レコードに通いひたすら音楽を聴いていた。メタルからボサノバまで…あらゆるジャンルにのめり込む。
アルバイトもしてみるが、やはり人間関係や仕事がうまくいかず、ストレスでまたも心身を崩す。この時の病気の経験から、失うと二度と戻らないものがあることを身を持って知り、ショックを受ける。そこから、死と生について考え始める。
ツイッター漫画時代
2017年、「みそさざい」という名義で、すでに流行っていたツイッターを始め、スキャナーを購入。絵を発表するようになる。はっぴいえんどに関した絵を描いた際、松本隆氏のRTがきっかけで、1年間短歌の雑誌の表紙を描く仕事を得る。またこの頃、バンド関連のつながりも増え、インディーズのアルバムアートワークなどを手がける。また、2019年には1pまんが「しあわせジョン」を描き始める。実力はなかったものの、ツイッター漫画ブームにのり、じわじわと読者が増えて、2021年には初の単行本「しあわせってどこにあるの」を出版。SNSを辞めるが、その後も単行本を出版。「おジャ魔女どれみ」作品の音楽や絵、構成に感動し、しあわせジョンでも読切を描き始める。オリジナルの宅録アルバムも制作。このころ、なぜか地元で開催された安藤忠雄の無料講演会を聞き感化される。
小豆島に移住
AIや災害・環境問題に思いを馳せる中、友人の東郷清丸氏に影響され、人間本来の生活を考える。自分自身の体調を記録することで、できないことを把握したりする。2024年末は、親と子の関係について頻繁に考え、長編「どこかへ」を執筆。2025年3月、流れがあって小豆島へ移住。
自主レーベルを終了し、イラストの仕事を受ける個人事務所「なかもとプロ」として、二十四の瞳映画村ロゴなど、いくつかの仕事を受ける。一方シェアハウスが合わず、新作まんがの執筆は難航。カブ日本一周にも挑戦し仙台で断念するなど活動は迷走。つぎの物件にも縁が無く、結果的に小豆島を約半年で出ることになる。しかし、とくに40代前後で子供のいる自営業の人びととの出会いにより、ひとつではない、親と子の様々なあり方を知らされる。まんが活動は停滞したが、「自分の作品に対する親としての態度」を変えるような学びを得るなど、この経験は貴重な財産となる。
なかもとプロ事務所を東京に移転することを決める。しあわせジョンの執筆活動を再開する。